なんで亞地人?
この記事は亞地人コンセプトの心臓の細胞という視点で見てほしいです。
あんましわかりにくいカモです。
中学生とか不登校とか、もう悩みまみれで、心も鬱っぽくネガティバーが多い。
だからそういう人に生き方のコンテンツを与えても、ポジティブな人はポジティブな方向に持っていけるけど、今現状のこういう私みたいな人に対して、コンテンツを与えるやり方より、ポジティブに持っていける意識の仕方や、とにかくそいう悩みや心を一旦掃除して落ちつくことがめちゃ大事だと思います。
コンテンツはネットにごろりと落ちてる、そういうコンテンツを投げるのはみなさんやっていて、じゃあ何がいいと思うかというと、心を整えるということです、だから自分もほしいので亞地人やってます。
今自分もアイデンティティ確立と自信がほしいです、
それで、農作業とか里山は心身を整えやすいと思いました。
亞地人
生産と消費
こんにちは、
私はいつも家にいて、消費が多い生活を送ると心の調子が悪くなると思う。
鬱っぽくなり、心のバランスも崩れ、全てに置いてやる気がしなくなるのだ。
自分がご機嫌になる時を考えてみると、大きく「生産」と「消費」にわかれる
1生産
生産とはクリエイティブな活動、写真を撮影するとか、絵を描くとか何かを作り上げる事で、そこで自分の思い描いた物とか、凄い物とかが作れたとか、「できた」という物が自分の嬉しさに繋がる。
2消費
これはご飯を食べるとか物を買うとかで、何も動かないで快楽を得られるものだと思うといいと思う。
どっちが悪いかいいか好き嫌いという視点、評価は捨てて読み取ってほしい。ただピュアに見てほしい
なんだか
自分という存在はなんだ、
最近人々との交流が昔より盛んに行なっている。だからか、自分の独自性や好奇心が乏しくなっているかもしれない、
私はもっと、自分のやりたい事
好奇心にそって思いっきり走りたい。エネルギーはある。しかしどこかくすぶってる。
なんとか今ある雑念を上手く整理したい。
意見はなんだ、自分は雲のようですぐに動くし雨も降らせる暗くして
すぐに飛ばされそうで影響されそうで、
地球の生命と人々のエネルギー、お金を消費するだけで、僕がいると周りの空気も悪くする気がして虚しく悲しい。
悲観的な事から次に繋げないと今の状態が続く、だからこのままだといけない
いけなけないところを上げていったらキリがない。それも感情によるもの、だから客観視して落ち着いて自分をみたい
緑と水の気持ち
久しぶりに雨が降って内心ホットしている。最近は暑くて外に出るのも億劫だった。
家にあるコンポストに紛れ込んだかぼちゃのタネは、発芽して庭中大暴れだ。
先日は梅を大量に収穫したので、梅シロップ、梅酒、梅肉エキス、梅干しに加工している。梅はすごく万能な食材だと実感した。“梅雨”に梅の漢字をつけたのも日本人は梅が大きな存在だったことが伺える。
ちなみに梅は酸性が強い(だから酸っぱい)ので鉄に注意。
毎日楽しい訳ではない、平凡な日常を送っている。中途半端な苦難も訪れる。時々憂鬱になり悩んだりする。自分がどこに歩いているのか、自分が今すべきことはなんなのか、やりたいことはなんなのか、好きなこととは?自分でコントロールしないといけない、、という事もたまに考える。そして心を放っていくと焦りが出てくる。
それが今
でも、だからこそ、自分は行動しないといけない。自分をすごく引き締めるのではない。休む行為も行動だから、やめる事も行動だから。
誰も動いてくれないのは当たり前。誰かがやってくれてもそれに効果があるのかないのか分からない。
結局自分しかいない。
という事で楽しい事を考える。(もっと深刻になるとアイディアも浮かばない。
楽しいことは薬草風呂に入ること